トレーナー

英語もしゃべれず、所持金30万円で宿も決めずに海外へ!若き理学療法士の挑戦。サッカーベルギー1部リーグのスポーツトレーナーになるまで!

-プロローグ
今回紹介するのは、海外プロスポーツチームでスポーツトレーナーとして活躍されている桑原 秀和さん。
日本の理学療法士養成校を卒業後、日本で1年間、フィットネス、マッサージ、営業の仕事を掛け持ちで行う。その後、ヨーロッパサッカーのスポーツトレーナーを目指し、オランダに飛び立つ。
プロサッカーユースチーム、柔道のオランダナショナルチームでスポーツトレーナーに従事。
その後、ベルギーサッカー1部リーグのシント=トロイデンVVで働いた後、シント=トロイデンVVで活躍していた鈴木優磨選手の専属トレーナーを2年間務める。
現在は、欧州サッカー4大リーグでのトレーナーを目指し、海外で活動している。

桑原秀和さん

桑原さんブログ Twitter Instagram

-スポーツトレーナーでもいろいろ種類があると思うのですが、桑原さんの職業はヨーロッパではどう言った職業なのでしょうか?
ヨーロッパだとフィジオセラピストというくくりで働いています。
フィジオセラピストは理学療法士という意味で、日本だと理学療法士は病院で働くイメージが強いです。
最近だと日本でもスポーツの現場に出ていったりしてる人もいますが、日本だと鍼灸師さん、柔道整復師さん、アスレティックトレーナーさんなど、資格がたくさんあります。そういう資格を持った色んな人たちが働いているので、ヨーロッパと日本ではその資格で働ける範囲っていうのは若干変わってくるところはあります。

ヨーロッパだとフィジオセラピストとフィジカルコーチっていうのがあって、フィジカルコーチは本当にトレーニングとかコンデショニングだけをみます。フィジオセラピストはトレーニングとかコンデショニングにプラスで治療、マッサージ、リハビリと怪我から復帰するまでのトレーニングをみたりすることが多いかなと思います。

-桑原さんのトレーナーとしての一番の強み、専門分野を教えてください。
治療とマッサージも含めた、怪我をしないための体づくりと、運動指導で効率の良い体の動かし方を指導するというところです。

-効率の良い体の動かし方とは具体的にどういったことなのでしょうか?
効率が良いというのは力に頼らずに、小さな力でも大きなパワーを出せるような指導をするというところです。
そういう体の仕組みがわかっていると、そういうのは治療にも活かせて、例えばこういった体の使い方をしてしまっていると、この部分に負担がかかって、この部分の筋肉が張りやすいとかっていうのもあったりするので、じゃあここの筋肉を緩ませると良いとか、そういうところにも繋がります。
なので僕の強みとしては治療もできて運動指導もできるっていうところが一番の強みですね。

なるほど!効率の良い体の使い方についてはまた別の記事でより具体的に取材させていただきます!
-桑原さんが一番テンションが上がるときを教えていただけますでしょうか?

選手が怪我で痛みがあったりとか、調子が悪い時に治療+運動指導をした上で、良くなった状態で試合に出て、いい結果が出たという一連の流れで自分が貢献できたと感じた時に、やっぱり一番テンションが上がりますね。
仕事以外で言うと、自分が今まで経験したことないことを経験するのが凄く好きです。今回南米ペルーに来ていて、アルゼンチンにきて、次にブラジルにいくんですけど、知らない地に足を踏み入れて、色々その地域の文化とか人と関わったりして、そこで今まで自分の知らないことを知ることは凄いテンションが上がります。

-逆にテンションが下がるときを教えていただけますでしょうか?
選手を治療して、自分が思っていたほど治療効果を出せなかったりするとテンションは下がりますね。想定していた治療ではダメで、追加で治療がかかったり、運動指導していても、自分の感覚で伝えた時に、選手に伝えきれなかったとか、自分が思ってるように結果を出せてないっていうのはたまにはあるので、そこの部分では悔しい気持ちになります。

-トレーナーとして大事にされていることは?
治療やトレーニングをする時に妥協しないことです。選手のために全力を尽くす。
選手をさらによくするというか、今の状態よりもさらに高めてあげられるようにサポートしたいっていう気持ちは常に持って取り組んでいます。

ヨーロッパサッカーのスポーツトレーナーを目指し、海外に飛び立つまで

桑原秀和さん

-海外でスポーツトレーナーを目指そうと思ったきっかけを教えてください。
僕自身、プロサッカー選手を目指すサッカー少年でした。
歳を重ねるごとに、自分よりも実力のある選手が周りに多くいることがわかってきて、自然とサッカー選手になる夢を諦めるようになっていました。
そんな中、中学2年生の時に、膝の靭帯の怪我をしてしまい、1ヶ月ほどサッカーができない時期があって、その時、理学療法士の先生に出会いました。

当時、人助けができる何かをしたいと思っていたこともあり、警察官や消防士になることにも憧れていました。

そんな中、実際に理学療法士の先生に関わったことがきっかけでサッカー選手にはなれないけど、人助けができて、好きなサッカーに関われる仕事と言ったら「スポートレーナーだ!」と思うようになりました。

夢だったプロサッカー選手にはなれなかったですが、そのサッカー選手をサポートしようという夢を抱き、理学療法士の学校に通いました。
そして在学中、サッカー選手をサポートするなら、より高いレベルのところで仕事がしたいという思いがあり、「将来はサッカーの本場であるヨーロッパで働きたいなあ」と漠然と考えていて、3年生の時には、「学校を卒業してから1年後に、オランダにいこう!」と決意しました。

-どういった学生生活を送られたのですか?
高校まではずっと部活でサッカーをしており、大学ではフットサルのサークルに入っていました。
理学療法士の学校なので、解剖学、生理学、運動学など、そういった人の体に関わるところのベースはしっかり学生時代に学びました。それは今でも生きています。
それ以外にも、健康とか料理とか別の部分でも色々学びましたし、理学療法士なのでリハビリのための体の評価や、評価した後に、その治療を再評価して繰り返す、という勉強はかなりしました。
通っていた学校は、理学療法士の国家試験を受けて合格すれば卒業できるので、在学中に資格も取得しました。

-大学卒業後、1年間は日本で働いたとのことですが、その際は具体的にどう言った仕事をされていたのでしょうか?
病院に務めることも選択肢としてあったのですが、日本でしか経験できないことをしようと思い、その時にやりたかった飛び込み営業の仕事に就きました。
というのも人間性を鍛えるという意味で営業の仕事をしたいなと思っていました。
あとは色んな人の体を触って手の感覚を養いたいなっていうところで、マッサージ店の指圧マッサージのアルバイトもしていましたし、企業の経営者の方と知り合い、どういう考えを持ってるのかなど、色々聞いてみたかったので、高級フィトネスで働いたり、色んな仕事を掛け持ちしてました。

-学生時代に海外にいくことを決めていたとのことですが、英語も勉強されていたんですか?
学生の時にアルバイトでブリティッシュバーとか、外国人がくるようなバーで働いてはいました。
ただ、海外に飛び立つ時の英語の語学力で言うと最低限の「買いたい」とか、「こんにちは」を伝えられるくらいで、聞き取りに関しては英語で話しかけられたら、「Yes!」しか喋れないような何言ってるかわからないくらいのレベルでしたね(笑)

-海外にいくまでに貯金はされていたのでしょうか?
学生の時にオランダに行くと決めていたので、一応貯金する予定でやっていたのですが、卒業後の1年間で勉強会とか色々参加していたこともあり、結局、出費も多かったですね。
1日15万円かかる勉強会などにも参加してると貯金もなくなってしまって、渡航する時には30万円くらいしかなかったです(笑)

-渡航する時に手持ちが30万円というのはかなり少ないですよね?
そうですね!周りの人からも『30万円だけだと海外行っても生活できないぞ、どうするんだ』とたくさんの人に心配してもらいました。
ただ、当時はお金がないからできないって言うことが嫌だったというか、お金がなくても自分ができるっていうことを証明したかったので、お金がなくても行こうと決めていました。
その30万円の中から、オランダ行きの飛行機のチケットを旅立つ数週間前に買いました。

-親御さんの反応はどうでしたか?
本来であれば、親が一番心配するところだとは思いますが、自分が決断し行動することを信じていてくれたこともあって、何も言われず『頑張ってこい』という気持ちで送り出してくれたことには今でも感謝しています。

-所持金が少ない状況で、海外に渡ってからの住まいはどのように見つけたのですか?
実は、飛行機のチケットを買っただけで、泊まる場所やビザのこと、そしてオランダにいってからの計画も全くなかった状態でした。
なかなか無謀な挑戦だったなと今振り返れば思いますが、当時は逆にこの無謀な挑戦が自分の中では、ワクワクに変わっていてとても楽しみになっていました。

何もない状態で、海外に飛び立ち夢を叶える

桑原秀和さん

-オランダにいってからの計画も全くなかったとのことですが、オランダに渡ってからどうされたのですか?
手持ちの30万円の中から、オランダ行きの飛行機のチケットを買ったので、手持ちのお金はほとんどなかったんです(笑)
所持金がないので当然ホテルの予約を取れるはずもなく、「カウチサーフィン」というバックパッカーがよく使う、ホストファミリーを探すサイトを利用しました。
初日はアムステルダムに住んでいるデンマーク人を見つけて1日泊めてさせてもらいました。

「次の日どうしよう」って考えてると、そのサイトを通して「うち泊まっていいよ」という連絡がきて、次の家には3週間くらい泊まらせていただきました。

その3週間の間に色んな方と知り合いました。
知り合った人の中で、僕が家を探してることを伝えると「うち泊まっていいよ」と言ってくれるおばあちゃんに出会って、その後の3ヶ月は無料でそのおばあちゃんの家に住まわせていただきました。
ちょうど3ヶ月後に労働VISAが取れて働けるようになったので、家賃としては本当に少しずつ、最初は1万とか2万とか払える分だけ払って、半年くらい住ませてもらいました。

-最初はどのような仕事をどのように見つけたのですか?
オランダではフリーランスのVISAが取れたので、最初はフリーランスとして治療院を開業し自営業でやっていました。
仕事に関しては自分の友達から治療やマッサージを始めて、少しずつお金をもらったり、友達に紹介してもらって、また新しい人に治療やマッサージをするという感じで広がっていきました。
サッカー関係で言えば、たまたま本屋で出会って友達になった人が理学療法士を紹介してくれて、その理学療法士が知ってるサッカーチームにコンタクトをとってくれて、そこにトレーナーとして入れさせてもらたのがスタートです。

-ツテがないにも関わらず、繋がりがポンポン生まれていることが驚きなのですが、何か意識していたことはありますか?
当時は色々アンテナを貼ってた部分はあります。
あと、頼まれたことはなんでもやっていました。
自分は理学療法士だから理学療法士に関係あることしかしないっていうスタンスだと、結局自分が貢献できる部分は少なかったと思うんです。
でも当時はなんでもやるスタンスだったので、例えばアーティストの方がいて、展示会で絵を壁にかけるから手伝ってくれって言われて手伝ったり、庭の掃除を手伝ったり、そういう理学療法士とか関係ない仕事も色々手伝っていました。
そうすると、「手伝ってもらってるからこういう人を紹介してあげるよ」とかで、繋がりがどんどん広がっていきました。

-そこからベルギーサッカー1部リーグのシント=トロイデンVVでトレーナーになるまではどのようにキャリアアップされていったんですか?
一番最初は先ほど話した理学療法士の紹介で、オランダでリーグ4部のアマチュアサッカーチームの理学療法士としてキャリアをスタートしました。
そこで1年半くらいトレーナーとしてやっていましたね。
そのあと別の同じカテゴリーのサッカーチームで1年くらい勤めました。
その選手の中に以前プロで活躍していた人がいて、僕がそこを辞める時に、その選手が以前いたプロチームのユースの監督になるタイミングで、一緒についてこないか?と声をかけてもらいました。
それがきっかけで最初のプロのユースチームに入れました。
そこで1年やって、また別の紹介でもう少しレベルの高いチームのユースチームで1年間やっていました。
その後、東京オリンピックを目指す、オランダ柔道ナショナルチームの一員として3年間働きました。
シント=トロイデンに関しては、その頃たまたまオランダで出会った日本人の方がシント=トロイデンの社長でした。
最初は社長の通訳も込みで秘書を頼まれたのですが、1回断らせていただきました。
その1年後くらいに今度は理学療法士でやらないかとオファーをいただいて働くことを決めました。

-入社面接や試験みたいなのもなかったのですか?
最初、1日体験してみてくれと言われて、体験に行きました。それで一応判断されたと思います。

-日本にいる際は英語はほとんどできなかったということなんですが、語学の壁はどう乗り越えましたか?
普通に暮らしてたら喋れるようになったんですが、海外に行った当初は本当にお金がなかったので語学学校に通うという選択肢はなくて、最初の1年は英語8割、オランダ語2割くらいで日々独学で勉強していました。
最初の1年で日常生活に困らないような英語は一応喋れるようになって、オランダ語もしっかりやらないと働けないなと気づいて、オランダ語も意識して使うように生活するようになりました。
大体3年くらい経った時に英語もオランダ語もストレスなく喋れるようになりましたね。

-オランダ語もしっかりやらないと働けないと思った理由は?
オランダ人のほとんどが英語をペラペラで話せるのですが、仕事となるとオランダ人同士ではオランダ語で話すので理解できないと話についていけなくなるんです。

よくあるのが、オランダ人同士で話し終わった後に英語で重要なところだけを伝えてもらうということです。
これだけでももちろん一緒に仕事をしていくことも可能ですが、本当の信頼関係を築いていくためには母国語の習得が必要になると感じました。
日本人でよくあるのが、相手が言っていることがわからなくても『イエス、イエス』と理解したように話を流してしまうことです。
その場では、なんとかやり過ごすことができますが、ちゃんとわからないことを伝えて、聞きなおすことで語学の習得の近道になります。
それ以外に、僕が英語やオランダ語が全く話せないときに意識してやってたことは出会った人に興味を持って話しかけることですね。
相手に興味を持つことで相手が何をしている人なのか、どんな趣味を持っているのか、どこの出身なのかと質問したいと思うようになり、質問するためのフレーズを覚えました。
何個かのフレーズを覚えたら、何十人と同じ質問を繰り返します。
そうすると同じような返事が返ってくるので、初めは相手が何言っているのかわからなくても聞きつづけていれば、自然と耳が慣れてきます。
ある程度、理解できるようになったらさらに深い質問のフレーズを用意して、話してみるんです。

-最初はほとんど喋れない状態で海外で働かれていたということで苦労しましたか?
もちろんわからない時もありましたが、職業的にも治療では言葉がなくても結果は出せる部分ではありました。
喋れた方が信頼関係の構築という部分では必要ではありますが、喋れないなりにできることもあると思ってやってましたね。

-語学の壁がある中で、どのように技術やスキルを身につけていったのでしょうか?
最初は言葉も喋れないし、理解できないので、研修などに関してもオランダ国内に学びに行く機会を作れなかったですね。
なので、日本で買った本を読んで最初は独学で学んでました。
あとは日本に帰ってきた時に日本の治療家やトレーナーの人の講習会に参加して勉強していました。
今では海外の研修とかにも参加しています。

-日本は年に何回帰るのですか?
平均で1年に1回くらいです。
オランダに行って2、3年経った後に柔道のナショナルチームで働き始めたので、そこでは年に2回くらい帰っていました。
柔道の場合、日本で合宿や国際大会もあったので、その都度帯同して日本に帰っていました。
オランダの柔道チームに関しては飛行機代も出してもらっていたので、1週間滞在を延長して自分の時間をもらったりしていましたね。

-日本で理学療法士の資格を取られたということですが、オランダでその資格は使えるのですか?
オランダに行ってからオランダの理学療法士の資格に書き換えました。

-オランダの理学療法士の資格は簡単に書き換えられるんですか?
日本で通っていた学校のカリキュラムを全部オランダ語に訳して、そこでどこの科目が足りてないかとかが判断されます。
僕が日本で通っていた学校のカリキュラムは、9ヶ月のインターンシップをすれば資格取得可能と判断されて、最初はオランダの語学試験に受かったら、インターンシップの研修を9ヶ月してそれで資格を書き換えられるという流れでした。
日本の理学療法士の学校でも3年間と4年間の学校があるので、そこのカリキュラムによって判断される基準は結構変わってきます。
僕の通っていた学校は専門だけど4年間でしたし、カリキュラムとしてはビッシリ入ってた学校だったので、もしかすると手厚い部分はあったかもしれないです。
3年間の学校にいってたらもうちょっと研修が長いのか、それともオランダで学校に最低1年通わないといけないのかという判断基準は日本で学んでいる内容で変わってくると思います。

-直近の海外プロサッカー選手の専属トレーナーをされていた際の1日の流れを教えてください。
練習がある日は基本的に朝7:20分くらいに選手の家にいって朝治療をします。
30分〜40分くらい治療をした後に担当していた選手の場合は10分間のアクティベーションというか、運動ですよね、体をあっためるというか、体の使い方の部分でトレーニングを毎朝10分間やってました。
夕方の飯前か飯後にもまた治療とマッサージをしに行ってました。その時は大体1時間半から2時間くらい治療とマッサージをしてましたね。
専属トレーナーをしていたとはいえ、他の選手も掛け持ちしていたので、他の選手は専属の選手の夜の治療が終わった後の21時22時から治療やマッサージをしに行ってました。

それ以外にも、午後練がある場合は午前練と午後練の間に治療しにまた選手の家に行って、30分~40分くらい治療していました。2部練の時は治療、マッサージが1日に3回で1部練の時は1日に2回行なってましたね。

朝の治療が終わったあとや午後練がない時は、自分の自由時間になるので、自分の家に帰って読書したり、ブログを書いたり、別の仕事のことをするのか、リラックスする時間にしていました。
流れとしては、間に数回休憩を挟みつつ、朝から晩まで選手のケアに勤めていました。

-休日は決まってなかったですか?
基本的に選手が所属しているサッカーチームのスケジュールに合わせてなので、休みの日はチームが練習のない日でした。
ただ、練習がない日も治療、マッサージはしてたんで、僕自身に関してはほぼ休みはなかったですね。

-桑原さんのリフレッシュ方法は?
寝るか買い物ですね。
休日とかも選手と一緒に旅行に行ったりとか、ゴルフに行ったりとかしていたので、そういう部分ではリフレッシュになったのかなとは思います。
1日全部リフレッシュというのではなく、その時間だけリフレッシュという感じでした。
どうしても買い物したりゴルフしたあとも治療が入ったりしたので。
なので基本、休みやプライベートも選手といることがほとんどでしたね。

-海外でスポーツトレーナーをしていて大変だったことはありますか?
日本とオランダ、ベルギーでは、選手とのコミュニケーションや、働き方がぞれぞれ違っていて苦労しました。。国は違うけど、同じサッカーチームで働いてる中で、同じトレーナーや選手でもどういう風にコミュニケーションを取るかが若干変わってきたりして、そこは最初苦労しましたね。
今後はスペインで働きたいと考えているので、またスペインだとコミュニケーションや働き方も変わってくるし、言葉も違うので、また慣れていかないといけないなと思っています。

海外の流行と今後について

桑原秀和さん

-次に働く場所としてスペインを選ばれた理由は?
サッカーリーグに関してレベルが高いという点と、カルチャー的に違うラテンの国で働きたいという気持ちが強くなったことが理由です。
ベルギーで働いていた時にアルゼンチンの選手と交流があって、その時にコミュニケーションを取るためにスペイン語を少し学びました。
その選手とのボディランゲージも含めたコミュニケーションが、ラテン系の選手っていいなと感じたんですよね!

-ラテン系の選手に魅力を感じた理由は?
ラテンというくくりにするのもあれなんですけど、アルゼンチンの選手に関してはプレースタイルも好きでしたし、家族もすごい大切にするし、一回心を許した人にはすごい優しいんです。今ちょうど僕もアルゼンチンにきてるんですけど、やっぱりいい国だな、肌に合うなと感じています。

-海外のトレーナーの中での流行りとかはありますか?
オランダに関してはフィジオセラピストという資格を中心に色んな技術を取り入れようとしている国で、その教育システムとか制度を作るのにすごく長けている国なんです。
農業でもビニールハウスをいっぱい使って、生産量をすごい高めて野菜を輸出したりとか。
理学療法士にしても、カイロプラクティックや鍼灸師など色んな技術を取り入れるために、理学療法士の養成校の後にプラスで学べるような学校やコースを作ってあって、キャリアアップできるようになっています。

-日本は遅れてるなと思うことはありますか?
逆に日本の技術は世界で一番だなと感じることは多いです。
制度に関してはヨーロッパの方が進んでると思うんですけど、日本はどちらかというと色んな資格があって、バラバラのように感じますが、その分各分野の人たちが個人で勉強していて、学ぼうという意識の高い人が多いと感じますし、実際にレベルも高いんですよね。
あとは、その制度をどうやってきっちりと整えるか…というのは課題だと思います。
あとは、日本の歴史で昔から手を使って治療していた部分があるので、昔から使われている技術は、今でも残っていて、それが発展して色々素晴らしい治療技術がありますよね。そこはヨーロッパとは違うのかなとは思ってます。
さらには、東洋的な思考があるので、肩を痛めたら肩を治療する考えだけじゃなくて、体全体のバランスをみて、治療する要素が強い治療家が日本には多いと思います。局所治療はヨーロッパの方が進んでいるかもしれないんですけど、体の全体を診て直すという意味では、東洋的な思考の方が僕は強いと思っているので、日本の治療家は指導も含めてなんですけど、治療+アルファのできる人が多い印象ですね。

-普段、どういったことを情報収集されているか?
本はkindleとかで買ったりとか、パウメドっていう英語のサイトを使ったりとか、あとは英語の有名な先生のブログサイトをみたりとかですね。

そこからどのような情報を集めていますか?
本からは体の使い方っていう部分で、最近は武術の本を読んだり、あとはトレーニングの部分で最新の情報を集めたり、逆に昔の本を読んで、昔の治療法はどんなんだったのかとか、そういうのを見ることで今に活かしたりしています。
英語のサイトはどう体を健康にするかとか、トレーニングの強度とかそういう研究みたいなのをみたりします。やっぱり英語の方が情報量が多いので、日本語のも探しはしますが、日本語のものは元々の情報はどこかっていうので辿っていくと結構英語だったりしますね。

-今後の目標は?
一番近い目標としては、サッカーの5大リーグで働いた経験がないのでそこを経験してみたいです。
仮にチームで働かないという選択をした場合には、誰でも知ってるビッククラブで活躍している選手にちゃんと評価されるくらいのトレーナーになりたいなと思っています。
なのでそういう人たちと一緒に働くのがまず目標です。

-その目標を達成するために必要だと思うことは?
ヨーロッパでは、日本人は外国人なので、現地の理学療法士と同じことをしていたら評価としては現地の人を採用するのが一般的だと思います。自分が選ばれるためには、そこの現地の人ではできないような治療技術やトレーニング指導や人間性の部分で強みを作っていかないといけないなと思います。

-海外でトレーナーとして働きたいと思う人にアドバイスはありますか?
準備のことに関しては、自分は貯金も語学も住まいも就職先も何も決めずに飛び立ったので何も言えないですが。笑 ただこうやっておけばよかったというような後悔もないんですよね。

強いていうならやっぱり日本の治療技術は優れてる部分も多いので、今日本で学べるのであれば、そこはしっかり学んでおけば、海外に行った時に強みとして活かせると思います。
あと海外に出るのって、日本にいると凄いハードルが高いような感じはするんですけど、実際に出て生活してみると思ったほどハードルが高くないことも多かったです。なのである意味ビビらず、やりたいのであればとりあえず出てみることが大事だと思っています。

【HR+】
次回 :『海外で活躍する日本人トレーナーの一流コンデショニング術』
その他、国内外のアスリート、トレーナー、経営者を深掘りした記事はHR+で毎週更新中。
HR+でしか読めない!ワンランク上のコンディショニング術やパフォーマンスを知れる。

\ワンランク上へ!もっと高く!そんな人の為のアプリ/

桑原秀和さん

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP